雪うさぎ
「・・・が・・・ったら・・・から・・・」
小高い丘のふもとにある小さな家のベッドの上で、
紅茶うさぎは、今朝も泣きながら目を覚ましました。
「何の夢を見ていていたんだろう?いつも見る夢」
真っ赤な目で、ふーっとため息をつきながら、
水道の蛇口をひねって、ケトルに勢いよく水を注ぎます。
ケトルを火にかけている間に、ジャムサンドを作ります。
今日はイチゴジャムとマーマレード。
お皿は二つ。
ケトルから、しゅんしゅんと音を立てて、湯気が吹き出します。
温めたガラスのティーポットを二つ、茶葉をティースプーンですくって入れます。
ティーポットに勢いよくお湯を注ぎます。
一つのティーポットには、半分のお湯。
砂時計をひっくり返し、くるくると茶葉が踊るのをぼんやりと眺めます。
白いティーポットとティーカップ。氷が上まで入ったグラス。
それぞれに、紅茶を注ぎます。
トレイに白いティーポット、ティーカップ、アイスティー、
それから二つのお皿にのったジャムサンド。
トレイをテラスに運んで、ティーテーブルに載せました。
椅子にすわった紅茶うさぎは思います。
「なぜ、いつも二人分の紅茶を用意してしまうのかしら?」
温かい紅茶を飲みながら、冷たいアイスティーの氷が
溶けていくのを眺めます。
「だって、そうするのが、当たり前のような気がするんだもの」
二つのお皿にのったジャムサンドを食べた紅茶うさぎは、
最後に氷の溶けたアイスティーも飲み干しました。
「おなかいっぱい。さて、今日はさくらんぼを摘みに行こう」
*****
さくらんぼの木に登って、腰につけた布の袋に、
どんどんさくらんぼを摘んで入れていきます。
「さくらんぼのジャムは、すぐなくなっちゃうから、
たくさん作らなきゃね。だって、あのヒトが好きだから」
「あのヒト?あのヒトって誰だっけ?」
摘んださくらんぼをきれいに洗って種をはずし、
鍋にお砂糖とレモン汁を入れてコトコトゆっくり煮ていきます。
灰汁をすくいながら、ゆっくりゆっくり。
「甘酸っぱいにおいも大好きなんだよね・・・」
できたさくらんぼのジャムを半ダースの瓶に詰めました。
10時のお茶はオーブンで焼いたクッキーにさくらんぼジャムを
挟んで作ったジャムサンドクッキー。
トレイの上には温かい紅茶の入ったティーポットにティーカップ。
アイスティー。クッキーののったお皿は二つ。
トレイでテラスに運んで並べます。
「だって、そうするのが、いつものことなんだもの」
紅茶うさぎは、温かい紅茶を飲んで、アイスティーを飲んで、
二皿分のクッキーを食べました。
****
イチゴジャム、さくらんぼジャム、マーマレードジャム、
マスカットジャム、キイチゴジャム、ブルーベリージャム、
たくさんの瓶が、棚に並ぶころ、冬が来ました。
「・・・が降ったら、・・・くるから・・・」
紅茶うさぎは、また泣きながら目を覚まします。
二人分の紅茶を入れながら、またぼんやり考えます。
「今日は丘の方に行ってみよう。
だって私、丘に登って町を眺めるのが大好きだったような
気がするんだもの」
二人分の紅茶を飲み干した紅茶うさぎは、小高い丘に向かいます。
「いつもこの道を誰かと歩いていた気がする・・・」
突然、紅茶うさぎの頭の中で
「イッテハイケナイ、イッテハイケナイ」
という小さな声が聴こえました。
紅茶うさぎは、ハッとして、走って丘を降りました。
*****
「雪が降ったら、会いにくるから・・・」
紅茶うさぎは、ぱちんと目を覚ましました。
とても寒い日。
吐く息が白い中、紅茶うさぎはケトルでお湯を沸かしました。
トレイに温かい紅茶とアイスティー、二つのお皿には
さくらんぼのジャムサンド。
雪がちらちらとテラスに舞い降ります。
椅子に座って、毛糸で編んだひざかけをかけます。
ふと見ると、もう一つの椅子に、白いウサギが座っています。
「ああ、雪うさぎ、私、アナタを待っていたのね。
どうして忘れていたのかしら?」
雪うさぎは、ジャムサンドをつまみながらアイスティーを
飲み、少し困った顔で笑いました。
「紅茶うさぎ、キミの入れる紅茶とジャムサンドは、
どうしていつもこんなにおいしいんだろうね?」
*****
それから毎日、二人はテラスで一緒に紅茶を飲んで、
ジャムサンドや、ジャムクッキーを食べました。
テラスに運ぶトレイの上には、白いティーポット、ティーカップ、
アイスティーに、二つのお皿。
アイスティーを飲み干すと、雪うさぎはまた明日、と
小高い丘の方に帰っていくのです。
*****
ある少し暖かな日、紅茶うさぎは、胸がドキンとして目を覚ましました。
二人分の紅茶と、ジャムサンドののったお皿を二つ、
トレイにのせて、テラスに運ぶと、雪うさぎが椅子に座っていました。
アイスティーとさくらんぼのジャムサンドを食べ終わった
雪うさぎが言いました。
「紅茶うさぎ、たくさんのおいしい紅茶とジャムサンドをありがとう。
ボクはもう、そろそろいかなきゃいけない」
「雪うさぎ、アナタにもう、会えないの?」
紅茶うさぎがぽろぽろ涙をこぼすと、雪うさぎは少し困った顔で笑い、
そっと触れるか触れないかくらいに頭をなでました。
冷たい冷たい手。
丘に続く道を歩く雪うさぎを紅茶うさぎは追いかけます。
紅茶うさぎの頭の中で
「イッテハイケナイ、イッテハイケナイ」
という小さな声が聴こえました。
「それでも、行かなきゃ。雪うさぎが消えてしまう!」
*****
小高い丘の上には、小さなお墓がありました。
<雪うさぎ ここに眠る>
その前に、雪うさぎは立って、紅茶うさぎを待っていました。
「ああ、雪うさぎ、私、何もかも思い出した」
秋の終わりの日、雪うさぎは、こほこほと咳を出し、
お薬も効かず、そのまま雪のように冷たくなってしまったんだ。
毎日、お墓の前で溶けてしまうほど泣いていた紅茶うさぎの前に、
雪と一緒に会いに来た雪うさぎは、ひと冬、一緒に紅茶を飲み、
ジャムサンドを食べ、そして雪と一緒に消えてしまったんだった。
「どうして私、こんな大切なこと忘れていたのかしら?」
「あんまりキミが泣くから、雪と一緒に、思い出も消えるように
したんだよ」
雪うさぎは、少し困った顔で笑いました。
「ボクはもういかなきゃ。また、記憶を消していくよ」
紅茶うさぎは、頭を横に振りました。
「私はもう大丈夫。アナタがいないことよりも、
アナタを忘れてしまうことの方が、いやだもの」
雪うさぎは、少し困った顔で笑い、そっと紅茶うさぎの
頭をなでました。冷たい冷たい手。
そして、雪うさぎの身体の色がだんだん薄くなっていきました。
紅茶うさぎは、涙をぽろぽろこぼしながら言いました。
「雪が降ったら、また会える?」
雪うさぎは、少し困った顔で笑い、そのままふぅっと消えてしまいました。
*****
紅茶うさぎは、今日も二人分の紅茶を入れ、二人分のジャムサンドを作り、
テラスのティーテーブルに置いて、椅子に座ります。
果実を集めては、お鍋でコトコト煮て、瓶詰のジャムを作ります。
ときどき小高い丘に登って、お墓の横にちょこんと座り、町を眺めます。
そして、冬をまた待つのです。
「雪が降ったら、会いにくるから・・・」
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