音と紅茶の時間TOPおいしい記憶
2017年07月03日

梅の魔女

梅シロップを漬けて2週間。すでにほぼ氷砂糖は溶けていて、炭酸で割って飲みはじめている。そろそろ梅の実を取り出して火を入れないと、と思う。

小鍋に梅シロップを漉しながら入れる。とろりとした薄い金色の液体。

弱火にかけながらゆっくりかき混ぜると、鍋の中心で、くるくると小さな氷砂糖の粒が回る。

粘度のある透明の液体が、ゆっくり重くスプーンに絡みながら渦を描く。

鍋底から小さな泡が生まれ、氷砂糖と一緒にくるくる周りながら浮かんでくる。

沸騰しないように、小さな火でゆっくりゆっくり。

金色の液体と浮かんでくる小さな泡を眺めながら、魔法の薬を作っているみたい、と思う。

だんだん氷砂糖の粒が小さくなり、完全に消えて、小さな泡だけが次々と鍋底から浮かんで消える。

火を止めた。このまま朝まで鍋ごと冷ます。

薄い金色の魔法の薬は、甘く酸っぱい、初夏の味。

posted by かこ at 21:51 | Comment(0) | おいしい記憶
2015年06月13日

カフェラテ十三分間

キミがいつものようにレーズンパンをかじっているころ、もそもそと起き出して、キッチンに向かう。

ケトルのお湯は一度沸いて温まっている。もう一度火にかけて、沸騰させている間に、マグカップを棚から取り出し、ドリップコーヒーの封を切り、セットする。コーヒーの粉の上に、スティック一本分の砂糖をのせる。邪道だな、と思いながら。

無造作にお湯を注ぎ、カップからフィルターを外したら、冷蔵庫から取り出した紙パックから牛乳を適当に注ぐ。

はい。と、テーブルにカフェラテのカップを置くと、キミはとても嬉しそうにする。

忙しくて入れられなかった日は、今日はカフェラテ飲めなかったって、出かける前にちょっとだけ残念そうに言うから、明日も入れてあげたいと思う。

私がキミにしてあげていることはそれくらいだけど。

それでキミが嬉しいのなら、おやすいごようさって思う。

お願いされた訳でも、誓った訳でもないけれど、キミのために使う朝の三分間と、キミがカフェラテを飲みながらPCを眺める十分間が、私たちのささやかないつもの約束。

posted by かこ at 10:26 | Comment(0) | おいしい記憶
2015年01月06日

北海道限定「やきそば弁当」の旧パッゲージはペヤングに激似だった

今、我が家には、ペヤングのカップやきそばが一つある。

peyang.jpg

異物(虫)混入に関する調査結果と商品販売休止のご案内
 〜まるか食品株式会社(2014/12/11)

異物混入事件の直前に購入し、そのまま販売停止になってしまったため、食べそびれてしまって、そのまま置いてある。賞味期限が2015年4月22日なので、それまでにどうするか決めなくてはいけない。

事件の後、私も、複数のスーパーのカップ麺コーナーで、現在この商品は販売を中止しておりますという空の棚を見かけた。

どうやら、この空いた棚を狙って、北海道の「やきそば弁当」が進出してきているらしい、というツイッター情報。ニュースサイトでも取り上げられ始めた。

北海道限定カップ焼きそばが東京に ペヤング不在の間に首都圏進出?
 〜JCASTニュース(2015/1/ 5)

焼きそばを湯きりするときのお湯で作る、特製中華スープが特徴。北海道限定販売、東洋水産・マルちゃんのやきそば弁当。通称やき弁。発売日は1975年9月、リニューアル日は2012年4月9日、とある。



いや、ちょっと待って、これ私の知ってるやきそば弁当じゃない。もっと、ペヤングとパッケージが似ていたはずだ。私と同じ旧道民、札幌出身の夫にも確認すると、え?これ何?長方形でオレンジか赤と青の安っぽい二色刷りのような外装じゃなかったっけ??と。うんうん。その通り。

パッケージがいつ変わったかを調べてみた。ニコニコ大百科のやきそば弁当の項目には、こうある。

”発売からしばらく、湯きり穴の付いたプラスチックのふたを採用していたが、2000年代になってからシールをはがすことで湯きり穴が出る紙のふたに変更され、2010年代に入ると正方形の一般的なカップ焼そばのパッケージに変わった。”
 やきそば弁当〜ニコニコ大百科 より

なるほど、2000年代には、すでに外装が変わっていたらしい。正方形になったのは、2012年のリニューアル時なのかな。北海道工場から、という表記はいつからついたんだろう?内地(本州)に進出するさいに、酷似するペヤングと間違われないようにと配慮したんだろうか?

私と夫は、90年代半ばに北海道を出て、関西方面を経由して、2000年前後に関東に移住した。旧パッケージ世代なのだ。実家に帰省したときに、あえてカップ焼きそばを食べる、という機会がなかったため、気づかなかったらしい。

大学入学後、私はコンビニやスーパーでインスタント焼きそばを探して、スープ粉末がついていないのかぁ、とがっかりした。卒業後、東京で就職した私は、ペヤングを見て、あー、この焼きそばだよ!やっと見つけた!と歓喜したが、なぜかスープがない。やきそば弁当は、関東ではスープ無し仕様で売られているのか??寒くないから、温かい飲み物がいらないのかな、とも考えた。その後もスープ付きのペヤングを探し続け、メーカーが違う別の商品だったと気づいたのは、ずっと後になってのことだ。

湯きり口が付いたプラスチックの古いパッケージのやきそば弁当が、どれだけペヤングカップやきそばに似ていたかと言うと、こんなに似ていた。北海道 北見の眼鏡屋さんにて、小さく貴重な、昔バージョンの画像を発見。赤・青・黄の三色刷りのような気がする。


yakisobabentou.jpg
 限定商品〜北海道 北見の眼鏡屋さん より

こっちはペヤング。よく見ると全然違うけれど、やはり雰囲気はとても似ている。発売されたのは、やきそば弁当と同じ1975年で、ペヤングの方が先。
peyang_mini.jpg

そうそう、湯きり時にふたが外れて流しに麺をぶちまけてしまう、悲しい事故も起きた。かやくは乾燥麺の下に入れて、湯きり時にふたの裏にキャベツが付かないようにするのだと、部活の仲間に教わった高校時代。スープはマグカップで作るよねぇ。そう、これが私たちのやきそば弁当だ。

パッケージが新しく変わり、真四角でお弁当箱っぽくなくなっても、中華スープ粉末は変わらずついている。今度、近所のスーパーで見かけたら、正方形になったやきそば弁当を改めて食べてみようと思う。




posted by かこ at 03:59 | Comment(13) | おいしい記憶
2014年12月10日

1kgのスパゲッティー

「腹一杯食べたくて、アニキとスパゲッティーゆでたんだよ」

部室で、育ち盛りで大食いのタカハシが、私たちに言った。

「へー、偉いじゃん」

「自炊?カンシン、カンシン」

「どのくらいの量を作ったらいいか分かんなくて、一袋全部ゆでたんだよ」

「え?一袋って1kgとか?」

「そうそう、一キロ」

「バカじゃね?いくらなんでも」

「基本は一人前100gだよね、タカハシとタカハシ兄が大食いでも300gが限界じゃない?」

「そうなんだよ、ゆでてる間に鍋からあふれてくるし、オフクロが作って置いといてくれたミートソースも足りなくなるし、食っても食っても、どんどん増えてちっとも減らねーんだぜ?死ぬかと思ったわ」

そう言って、タカハシは、とても愉快そうに、カラカラ笑った。

私たちも、馬鹿だなー、って言いながら、ゲラゲラ笑った。
身体のでかい男二人が食べても食べても減らない鍋に山盛りのパスタを想像すると、おかしくて仕方がなかった。

バカで能天気でロマンチストな高校生のタカハシは、同じ値段ならカロリー高い方が得じゃね?と言って、でっかい菓子パンをわざわざ選んで買っていた。

いつもお腹が空いて、食べても食べても、まだまだ足りなくて、山盛りの料理やバイキングや食べ放題に憧れていた、高校生だった頃の私たちの話。

posted by かこ at 11:48 | Comment(2) | おいしい記憶
2014年12月06日

かつやの踊り子

久しぶりに、かつやに行った。
ふみちゃんに呼ばれた気がして。

私は、以前、ふみちゃんにお願いしたのと同じ、
梅のカツ丼を注文して、熱いお茶をすすりながら、
ふみちゃんのことを考えていた。



ふみちゃんは、文子さん、と言った。
初めて聞いた時に、きれいな名前、と思った。
ふみちゃんは私より少し年上で、背筋がすっと伸びた、
背の高いお姉さんだった。

私とふみちゃんは、一緒の舞台芸術の学校の研究生で、
泣いたり、笑ったり、叫んだりしながら、小作品を作り、
身体中にあざをたくさん作りながら、ダンスの稽古をした。

浴衣を着て、何度も倒れては起き上がり踊る姿には
鬼気迫る勢いがあって、私は、彼女に見とれたものだ。
どうして、あんな風に、あの人は踊るのだろう、と。

芯が強くて、優しくて、ちょっと淋しげに笑う人だった。

ふみちゃんと話すとき、私は少し甘えっ子になった。
私は、ふみちゃんのことをもっと知りたくて、バイト先の
かつやに会いに行った。

エプロン姿のふみちゃんは、来てくれたの?ありがとう、
と言って、ふふふ、と笑った。



ふみちゃんは、実は身体が弱くて、その後、入退院を
繰り返し、若くして逝ってしまった。

ご両親からいただいた葉書には、戒名が記されていて、
文子さん、という名前と同じように、とてもきれいだな、
と思った。

文子は、短い人生でしたが、皆様に囲まれて幸せだったと
思います、と、書いてあった。

だから、ふみちゃんは、あんなに一生懸命に踊っていたんだ、
と思った。



ふみちゃんを思いながら食べたカツ丼は、半熟の卵が
とろとろで、あの時と同じ味がした。
涙がじわじわにじんできて、胸が詰まって、困ってしまった。

私は、ふみちゃんに、会いたかったんだと思う。

posted by かこ at 23:31 | Comment(0) | おいしい記憶