紅茶専門店の気難し屋の店長6
テイスティングのお話はこちら。
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表参道の紅茶専門店で、紅茶にそえるお茶菓子は
店内の小さなキッチンで、焼き上げます。
小さなクッキー、フィナンシェ、スコーン、
チーズとペッパーのプレッツェル。
チーズタルトに、りんごのタルト、レモンケーキ。
お食事は、シンプルな、
スモークサーモンと、きゅうりのサンドイッチだけ。
それから、オーナー店長の意向で入れた
冷凍ケーキ。
単価が安くて、利益率も高く、種類もあるけれど、
こだわりの雇われ店長サトルさんは
内心どうしても納得がいかなかったようで、
できるだけお客さまに、
おすすめしないようにしていました。
焼きたてのお菓子は、盛り付けも大切。
五感で味わっていただけますよう。
大きい白いお皿の真ん中に、小さく載せて
可愛いエディブルフラワーをちょこんと添えて、
とびきりの焼菓子をどうぞ、と。
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紅茶入れができるようになると、
私は、すぐにお菓子作りも任されるようになりました。
サトルさんが作り上げたレシピは
完成度がとても高く、紅茶を引き立てる納得の味。
レシピさえ、おいしくできていれば
良い材料を使い、レシピ通りの作り方、手順、
きっちりと計量し、焼き上げ温度、時間を守れば
おいしいお菓子が焼き上がらないわけがない、
というのが、私の持論。
私は、接客で、あまりに忙しくて、
途中で手が離れてしまった時以外は
確実に、おいしいお菓子を焼き上げることができました。
それでも、なぜか壊滅的に、おいしくないお菓子を
作ってしまうスタッフもいるんです。
多分どこか、思い込みで
違うことをしてしまうんでしょう。
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私に紅茶入れと、製菓を任せるようになり
余裕ができたサトルさんは、
裏のキッチンで、念願の新しいレシピ開発に
いそしんでいました。
作るのは、紅茶にも合う、ガトーショコラ。
ガトーショコラは、風味が強いので
紅茶に合うようにするには、なかなか難しい。
最初に出来上がったガトーショコラも
それなりにおいしいものでしたが、
こだわりのサトルさんが、それで納得するわけがなく。
ミルク・スイート・ビターのチョコレートの
配合を変えたり、メーカーを変えてみたり。
焼き上げ時間や温度を変えたり、
砂糖や粉の分量を変えたり、一部をココアにしてみたり。
そのたびに私も試食して、
ちょっと苦みが強すぎます、とか、
しっとり具合が足りないです、とか、
もう少し甘さを控えめに、などど、感想を伝えました。
ある日、試食したガトーショコラ、
あ、これ、おいしい、とつぶやいた私の言葉に
とても嬉しそうな顔で、そうでしょう?
これでいきます、と笑いました。
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私たちは、裏のキッチンでいろんな話をしました。
紅茶の話、新しいレシピの話、他の紅茶やさんの話、
自分でやるなら、どんなお店にしたいか。
サトルさんは、ハワイ風のロハスな紅茶専門店を
作りたいって、言っていました。
ハワイで紅茶、なんですか?
こだわりのサトルさんなのに、英国風ではなく?
と尋ねる私に、ハワイが好きなんです、と
照れくさそうに笑っていました。
それから、新しいスタッフの女の子を
泣かせてしまいました、
かこ、フォローしておいてください、とか、
どんな風にしたら、おいしい紅茶をいれられるように
してあげられるんでしょうか、なんて
相談もされるようになりました。
彼は彼なりに、自分の不器用なやり方を
気にしていたんだと、私は、今でも思います。
私が、うっかりお皿を割ってしまって、
お給料から引いておいてください、なんて言っても
そんなことしてたら、
かこの給料がなくなっちゃいますから、って
笑って許してくれるほどに、
私たちは、打ち解けるようになりました。
次は、最終話。オーナー店長の心変わりの話です。
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