音と紅茶の時間TOPおいしい記憶
2012年12月13日

クリームソーダ

〜たべものエッセイ〜



*****

外食、それは私の憧れ。

節約を重ねていた我が実家。
たまに五人で行くのはラーメン屋さん。
帰りにもらうペコちゃんのペロペロキャンディーが
とびきりのごちそう。

洋食屋さん、レストランというところになんか、
行くチャンスはまったくなかった。

それでも何かの機会に家族で行ったレストラン。
そのとき、キラキラとしたメニューのなかで
私の目を引いたのは、メロンソーダのクリームソーダ。

緑色の炭酸に丸くて白いバニラアイス。
赤いチェリーに、まがったストロー。

値段を見て、ため息をつく。
ごはんと一緒に頼んだら、千円を超えてしまう。
こんなの、とても親には頼めない。
ジュースでさえ、むり。水でガマン。

*****

高校を卒業して、じぶんの稼いだバイト代で
食べた、駅ビルのクリームソーダ。

400円以上したと思う。
たぶん、クリームソーダの値段の高さは、器代なのだ。

しゅわしゅわと上に昇る炭酸の泡を見つめながら
ゆっくりゆっくりアイスをつつく。

アイスにくっついて、ジュースが凍って
少しカリカリとしている部分を、
長いスプーンで、そーっと削って口に運ぶ。

ジュースをストローで少しずつ、飲む。
あっけなく、食べ終わってしまった。

*****

今でも私は、クリームソーダは、メロンソーダに
アイスクリームをのせたものがいいと思う。

ソフトクリームでは、あのカリカリができないから。

私の子供は、外食の時には、
100円のジュースやアイスを頼んだりは
平気でするけれど、なかなかクリームソーダにまでは手が出せない。

私の憧れの外食、贅沢の象徴。
それが、アイスののったクリームソーダなのだ。

posted by かこ at 01:39 | Comment(0) | おいしい記憶

無水鍋のスポンジケーキ

〜たべものエッセイ〜



*****

私が小さい頃、母は、いつも無水鍋でケーキを焼いてくれた。

はかりにチラシをのせて、砂糖と小麦粉を量る。
ざるでふるうのは、子供の私の仕事。

18pのケーキ型には、マーガリンを塗って、小麦粉を薄くまぶして
とん、とん、と、はたく。

卵白と卵黄を分けるのは母。
別立てで泡立て。

ボールに半量の砂糖と、卵白を入れて、ハンドミキサーで
つのが立つまで泡立てるのは私。

その間に、母は、卵黄に砂糖を入れて、白っぽくなるまで泡だて器ですり混ぜる。

そのあと、卵黄と卵白をゴムべらで混ぜて。
さらにベーキングパウダーを加えた小麦粉を切るように混ぜて、すぐに型に流す。

とん、と一回、型をテーブルに打ちつけて、少し空気を抜く。
大きな無水鍋に入れて、ふたをして、コンロの弱火でじっくり焼く。

ふんわりと、甘い、いい匂いがしてくる。

竹串をさして、柔らかい生地がつかなくなったら、できあがり。

焼きあがったケーキは、上がクリーム色でふっくらと盛り上がり、
側面と底がきつね色。
くるっと型の周りに包丁を入れ、底を抜く。

ケーキは冷ますことなく、すぐに切り、アツアツのまま、兄達と一緒に
もぐもぐ食べた。

デコレーションなんか、したことがない。
焼きあがるのをウキウキ待って、すぐ食べた。

私が欲しくて欲しくて、オーブンを買ってもらってから
ケーキは、上も底も側面も、きつね色のケーキになった。

でも、たまに、あの上がきれいなクリーム色になった
ぷっくりふくれたスポンジケーキを食べたくなるときがあるのだ。

posted by かこ at 01:27 | Comment(0) | おいしい記憶
2012年06月29日

好き嫌いと大人になること

トマトは、私にとって、好きでも嫌いでもない食べ物だ。
そもそも、野菜か果物かも、はっきりしないし。

夫はトマトが大好きで、子供たちも、ミニトマトは食べるし、
手軽に摂れる新鮮な栄養源なので、
食卓にはよく上がっている。

トマトソースの酸味と甘みのコンビネーションは好きだ。

でも、私は、生のトマトやミニトマトを食べるたびに、
いつも微妙な感覚に襲われる。

あの、旨みが凝縮していると言われる
あのドロドロでツブツブの青臭い、種の部分。

あれが、なんとも苦手なのだ。

ミニトマトを初めて食べたのは、小学生の時だった気がするが、
あの、噛んだ瞬間、中からブシュっと
ドロドロが飛び出てきた時の、衝撃。

それが、今でも忘れられないのだ。

でも、食べる、家族と一緒に。
トマトを食べると、身体の中がきれいになる気がするから。

*****

大人に近づくになるにつれて、
食べられるようになったものは他にも沢山あって、
セロリ、レバー、ビール、とか。

特に、ビールが美味しいと感じた時、
私は、自分が、大人になったなーって嬉しくなった。

苦みっていうのは、そもそも危険信号で、
食べちゃやばいものだよっていうのを人に知らせるサイン
だって、前に読んだことがある。

だから、子供がピーマンが食べられなくても、
本能的に正常で、不思議ではない。

食べても大丈夫だと学習して
食べられるようになるのだそうだ。

今は、その苦みが、身体においしく感じることもある。

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私は、次男の卵アレルギー、次にゴマアレルギーが
発症してから、子供の好き嫌いには、ものすごく寛容になった。

だって、味覚的に、食べたくないんじゃなくて、
身体が、拒否しているかもしれないんだもの。

ピーマンがだめなら、パプリカでも、
おくらでもいいじゃない、って思う。

泣きながら食べなきゃいけない食品なんて、
ないんじゃないのかなぁ。

****

基本的に、私は、食べられないものは
ほとんどないけれど、もちろん好き、嫌いはある。

大人が、アレ食べられない、コレ食べられないって、言うのは
ちょっとカッチョ悪いかな、と思うし、
食べられないものは、少ない方が、生きていくのに楽だ。

でも、自分が、コレ好き、コレ嫌いって感覚は
大事にしたほうがいいと思うのだ。

嫌いなものを、好きだと自己暗示にかけて食べるより、
私は、嫌いだけど、身体にいいから食べる、とか
格好いいから、食べる、とか思ってた方が、
精神衛生上、とてもいい気がする。

*****

好きなことも、嫌いなことも、自覚して受け入れられる
ようになることが、大人になること。

その入口にあるのがトマト。

そんなことをトマトを食べるたびに思ってしまうのだ。

だから、私にとっては、トマトは、好きでも嫌いでもない、
いつも微妙な感情を起こさせる、不思議な食べ物なのだ。

今も、昔も。

posted by かこ at 15:01 | Comment(0) | おいしい記憶
2012年06月20日

母のクリームワッフル

南部鉄器ワッフル型

小学校が早く終わった日や
お休みの日には、
ときどき、母がワッフルを焼いてくれた。

いまどきのベルギーワッフルではなく、
小判型の柔らかい厚い皮を二つに折って、
カスタードクリームを挟んだもの。

*****

まず、最初にカスタードを炊く。
全卵+卵黄の、ちょっと安っぽい味の
カスタードクリーム。

最初、ゆっくり混ぜるのは、私の仕事。
とろとろになってきたら、
母が交替して、焦がさないように
高速でなべ底を引きはがすように混ぜる。

出来立ては、熱々で、味見はちょっと
要注意だった。

*****

次は、クリームを挟む皮。

卵白に薄力粉、砂糖、ベーキングパウダーを
加えてさっくり混ぜ、白い生地を作る。

ガス火の上に黒い鉄型を置いて
薄く油を敷き、八分目、
焼いて溢れないように、生地を流す。

次から次へと、型に流すのは私。
焼きあがったら、型からはがし、
どんどんクリームを挟んでいくのは母。

もちろん、できあがったら、
ほかほかをその場で、二人でつまみぐい。
おいしいねって笑いながら。

ひとつの型で、二枚しか焼けないから
全部、焼きあがるまでには、時間がたくさんかかる。

だから、ワッフルを焼きながら、
母とたくさん話もした。

学校の話、友達の話、好きなことの話、
大きくなったら何になりたいか。

*****

兄たちが帰ってきたら、皆で、
お腹いっぱいになるまで、ワッフルを食べた。

そんな日は、きっと晩御飯が
あまり食べられなかったと思うのだけれど
叱られた記憶は、一度もない。

今では、私は、高級感あふれる上品な味の
カスタードクリームのレシピなんてものを
持ってはいるけれど、
母と一緒に炊いたクリームは、
それはそれで、とてもおいしかったなぁ、と思う。

おやつを作る時間は、幸せを作る時間。
おやつを食べる時間は、幸せを身体に満たしていく時間。

そんなこと、母は、一言も言わなかったけど。

母と一緒に作ったワッフルは、
私にそのことを教えてくれた。

今度、母に会うときには、
おかーさん、一緒にワッフル作るの
私、大好きだったよって、
改めて、もう一度、伝えてみようと思う。
posted by かこ at 09:47 | Comment(0) | おいしい記憶
2011年11月02日

ドン屋さんがやってきた

ドン屋さんがやってきた

かれこれ25年くらい前の記憶なので
少し間違っているかもしれませんが…。


北海道旭川市、私たち家族が、社宅の団地に住んでいた頃の話です。


*****

冬の始め、まだ雪が降らない頃、小学校からの帰り道、
団地の広場で子供たちが、列を作っているのを見かけました。


私は大急ぎで家に帰り、ランドセルを投げ出し、
「おかーさん、おかあさんっ!
 お米ちょうだい!『ドンやさん』が来てる!」
と母をせかしました。


「そう、ドン屋さんが来てるんだ。じゃあ、二合作ってもらってね。」
と、お米を量ってビニール袋にいれ、大きめのスーパーの袋と
百円玉を2枚、手渡してくれました。


私は広場に駆け戻り、列の後ろに並びます。


ドンやさんのおじさんは、
「はい、1合。はい、2合。」
と、お金を受け取りながら、大きい黒い釜に
どんどんお米を入れていきます。


「じゃあ、始めるか。ちょっと待っててよー。」
というと、おじさんは釜の蓋をしめ、
火を燃やしながら、ぐるぐるとハンドルを回して
中のお米を熱くしていきます。


待っている間、子供たちは火にあたりながら、
回転する釜を観察したり、公園で遊んだり。


「ドンするぞー。」
というおじさんの声に、近寄って耳をふさぐ子もいれば
遠ざかって眺める子も。


おじさんが、ハンマーで釜の弁を叩くと
!ドーン!
と大きい破裂音がし、釜の中から出てきたのは
ほかほかの『ドン』。


また列に並ぶと、
「はい、1合。はい、2合。」
と、スーパーの袋に、持ってきたお米の分の『ドン』を
入れてくれます。


ちょっぴりこげの匂いがしてあたたかい、
ほのかに甘くてしょっぱい『ドン』をむしゃむしゃ食べながら、
寒い北風のなか、ちりぢりなって
みんな家に帰るのでした。


*****

この『ドン』、お米を加熱加圧した後、
一気に減圧し、膨らませたもの。


一般的には、ポン菓子と呼ばれているようです。
駄菓子屋さんでは、にんじん、とか、ばくだん、
ライスパフとかいう名前で、今でも売ってたりします。


でもやっぱり、寒い中、作りたてを食べたほどには
おいしくは感じられないんですよね。


Wikipediaさんによると、現在は、ほとんど巡回販売は
すたれてしまったそうです。
たしかに物騒な音がしましたし、衛生上、今は難しいこともあるんでしょうね。
子供たちには、すごく受けると思うんですけど。


私、寒くなってくると、ドン屋さんがくるのを
ずっと楽しみに待ってたんですよね。
北風が吹く季節になると、今でも思い出すんです。
posted by かこ at 00:00 | Comment(0) | おいしい記憶